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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)832号 判決

原告 株式会社 一幸

右代表者代表取締役 吉田富治郎

参加人 株式会社文広社

右代表者代表取締役 飯住三郎

〈参加人ほか四名〉

右六名訴訟代理人弁護士 白谷大吉

被告 籠島澱粉株式会社

右代表者代表取締役 籠島萬亀

〈ほか一名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 松井宣

同 小川修

同 松井るり子

同 奈良ルネ

主文

一  被告籠島澱粉株式会社、訴外株式会社朝翠養蜂園間の別紙物件目録一ないし四記載の各不動産を目的とする昭和五〇年一二月九日付売買契約はこれを取消す。

二  被告籠島澱粉株式会社、訴外株式会社朝翠養蜂園間の昭和五〇年八月三〇日付別紙物件目録一ないし四記載の不動産を目的とする根抵当権設定契約はこれを取消す。

三  被告籠島澱粉株式会社は原告に対し、別紙物件目録一ないし四記載の不動産につき甲府地方法務局吉田出張所昭和五〇年一二月二四日受付第一七三五五号をもってなされた所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

四  被告籠島澱粉株式会社は原告に対し、別紙物件目録一ないし四記載の不動産につき甲府地方法務局吉田出張所昭和五〇年九月一〇日受付第一〇七一三号をもってなされた根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

五  原告のその余の請求及び参加人らの請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告及び参加人らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告及び参加人ら

1  被告籠島澱粉株式会社、訴外株式会社朝翠養蜂園間の別紙物件目録一ないし一九記載の、同被告、訴外杉本ミチヨ間の同目録二〇ないし二三記載の不動産を目的とする各昭和五〇年一二月九日付売買契約はこれを取消す。

2  被告籠島澱粉株式会社、訴外株式会社朝翠養蜂園間の昭和五〇年八月三〇日付別紙物件目録一ないし一九記載の、同被告、訴外杉本ミチヨ間の昭和五〇年一一月一〇日付同目録二〇ないし二三記載の不動産を目的とする各根抵当権設定契約はこれを取消す。

3  被告籠島澱粉株式会社は原告に対し、別紙物件目録一ないし一八記載の不動産につき甲府地方法務局吉田出張所昭和五〇年一二月二四日受付第一七三五五号をもってなされた所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

4  被告新進食料工業株式会社は原告に対し、別紙物件目録二〇ないし二三記載の不動産につき甲府地方法務局吉田出張所昭和五〇年一二月二四日受付第一七三五三号、同目録一九記載の不動産につき、同法務局同出張所同日受付第一七三五四号をもって各なされた各所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

5  被告籠島澱粉株式会社は原告に対し、別紙物件目録一ないし一九記載の不動産につき、甲府地方法務局吉田出張所昭和五〇年九月一〇日受付第一〇七一三号、同目録二〇ないし二三記載の不動産につき同法務局同出張所同年一二月四日受付第一五七九四号をもってなされた各根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

6  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

(昭和五一年(ワ)第一九六六号事件)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

(昭和五五年(ワ)第八三二号事件)

1  共同訴訟参加の申立につき、「本件参加の申立を却下する。」との判決

2  参加人らの請求につき、「参加人らの請求を棄却する。訴訟費用は参加人らの負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

一  共同訴訟参加の申立に関する被告ら及び参加人らの主張

1  被告ら

(1) 民事訴訟法七五条は、訴訟の目的が当事者の一方及び第三者につき合一に確定すべき場合にその第三者が係属中の訴訟に共同訴訟人として参加して権利を主張し又は防禦することができるとしたものである。訴訟の目的が当事者の一方及び第三者について合一にのみ確定すべき場合とは、必要的共同訴訟について民事訴訟法六二条が立言する合一にのみ確定すべき場合と同じ意味で、訴訟の目的である権利又は法律関係について判決の内容が各人に区々別々になってはならない関係にある場合をいい、判決の既判力の及ぶ範囲によって限定される。数人の債権者が同時に又は順次に詐害行為取消権を行使したとしても、その訴訟物は債権者ごとに異るものであって、その一人に対する判決の既判力が他に及ぶ関係にはなく、又合一確定の必要もないものといわねばならない。本件において参加人らは、訴外株式会社朝翠養蜂園に対してそれぞれの発生原因による売掛代金債権を有しており、参加人らの権利関係は原告の本件訴訟に対する権利関係と論理的に合一に確定されるべき必要性は存在せず、民事訴訟法七五条の適用はないといわねばならない。

(2) 参加人らの詐害行為取消権は時効によって消滅している。取消権は各債権者がそれぞれ取消の原因を覚知した時から二年間これを行使しない場合、個別に消滅時効が進行するものであるところ、参加人らは遅くとも債権者委員会が開催された昭和五一年二月二三日に、それぞれ取消原因を覚知したものであるから参加人らの詐害行為取消権はそれぞれ遅くとも昭和五一年二月二四日から起算して二年を経過した昭和五三年二月二四日限り時効により消滅している。

2  参加人ら

(1) 参加人らは被告らの詐害行為に対し、原告と全く同じ利害に立ってその取消を求めているのであって、本件の訴訟物で最も重要な争点である「詐害行為の成否」をめぐって、原告と参加人らの請求に対し矛盾対立した判決は存在しえず、これが「合一にのみ確定すべき場合」に該当することは理の当然であって、本件訴訟参加は民事訴訟法七五条に規定する共同訴訟参加として適法である。

(2) 参加人らは原告が債権者委員会の代表として本訴を提起した後に本訴に共同訴訟参加したものであるが、かかる場合、被告らの詐害行為に対する詐害行為取消権の消滅時効は選定当事者や債権者代位権等の制度にみられる立法趣旨を類推して、本訴の提起により中断されたというべきである。仮に右主張が認められないとしても、被告らの短期消滅時効の援用は権利の濫用として許されない。

二  原告及び参加人らの請求原因

1  原告の訴外株式会社朝翠養蜂園に対する債権の存在

原告は昭和五〇年八月末日現在訴外株式会社朝翠養蜂園(以下「訴外朝翠」という。)に対して次の(1)、(2)の合計金三八六〇万五〇〇〇円の債権を有しており、昭和五一年二月末日現在の被保全債権の合計は(1)ないし(3)の二〇一〇万五〇〇〇円である。

(1) 原告は訴外朝翠と訴外柏木商事株式会社(以下「訴外柏木商事」という。)間の山梨県南都留郡河口湖町浅川老坂一六九番二山林一三五五平方メートル外二二筆の土地売買契約を仲介し、訴外朝翠は原告に対し右契約成立の場合、五〇〇万円の仲介手数料を支払う約束であったところ、右売買契約は昭和五〇年四月八日成立し、原告は同日、五〇〇万円の債権を取得した。訴外朝翠が倒産した昭和五一年二月末日現在における右仲介手数料債権残元本は一〇〇万円である。

(2) 原告は、(1)の土地売買契約の成立した昭和五〇年四月八日、前記(1)記載の土地売買代金一億九〇六〇万五〇〇〇円のうち、原告が訴外柏木商事から昭和五〇年四月八日債権譲渡を受け、訴外朝翠が承認した八一〇万五〇〇〇円の譲受債権及び原告は訴外朝翠に対し、昭和五〇年八月二〇日北海道天塩郡天塩町字サラキシ五〇〇番、山林二四八〇八二三平方メートル外五筆を二七〇〇万円で売り渡したことにより、右同額の売買代金債権を取得した。訴外朝翠が倒産した昭和五一年二月末日現在における右譲受債権及び右不動産売買代金債権残元本は一五一〇万五〇〇〇円である。

(3) 原告は訴外朝翠に対し、昭和五〇年九月二九日北海道余市郡赤井川村字山梨一九番一原野一万六五三八平方メートル外四筆を一〇〇〇万円で売り渡した。訴外朝翠が倒産した昭和五一年二月末日現在における右不動産売買代金債権残元本は四〇〇万円である。

2  原告は予備的に次の被保全債権を主張する。すなわち、原告は訴外会社が倒産した昭和五一年二月末日当時、訴外会社に対し二〇一〇万五〇〇〇円の約束手形債権を有している。

3  参加人らの訴外朝翠らに対する債権の存在

参加人らは訴外朝翠に対し、昭和五〇年八月末日現在(1)ないし(5)のとおり合計金六七九二万六六一三円の債権を有している。

参加人

債権元本金額

債権の内容

(1)

株式会社文広社

一二〇八万四七六二円

化粧箱、ラベル印刷の売掛金

(2)

五羊貿易株式会社

三七八五万八一五〇円

輸入蜂蜜の売掛金

(3)

飯田商事株式会社

一一八八万二〇九〇円

精製蜂蜜の売掛金

(4)

中央商工株式会社

五三五万四九二六円

蜂蜜用瓶の売掛金

(5)

株式会社今野商店

七四万六六八五円

蜂蜜溶解設備の売掛金

4  訴外朝翠の無資力

訴外朝翠は昭和五〇年九月期決算において二億五〇九七万一五〇〇円の損失を計上し、当時の負債は約一五億円を超え、とうてい他の債権者に対する支払いをなしえず無資力の状態であった。

別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)は昭和五〇年八月当時において訴外朝翠が有していた唯一の財産であった。

5(1)  訴外朝翠は別紙物件目録一ないし二三記載の不動産(同目録二〇ないし二三記載の不動産は、登記簿上、訴外杉本ミチヨ名義なるも真実は訴外朝翠所有である。)につき被告籠島澱粉株式会社(以下「被告籠島」という。)との間において主文第二項記載の各抵当権設定契約(昭和五〇年八月三〇日付、同年一一月一〇日付)を締結し、右契約を原因として主文第五項記載の各根抵当権設定登記をなした。

(2) 訴外朝翠は別紙物件目録一ないし一九記載の不動産につき、訴外杉本ミチヨは同目録二〇ないし二三記載の不動産につきそれぞれ被告籠島との間において主文第一項記載の各売買契約(昭和五〇年一二月九日付)を締結し、右契約を原因として主文第三項記載の各所有権移転登記をなした。

(3) 被告籠島は訴外朝翠及び訴外杉本ミチヨから別紙物件目録一九ないし二三記載の不動産の所有権を取得すると同時に、被告新進食料工業株式会社(以下「被告新進食料」という。)に対し譲渡担保に供し、請求の趣旨第4項記載の各所有権移転登記をなした。

6  本件不動産は訴外朝翠の唯一の財産であったものであるところ、前記各抵当権設定、売買契約及び譲渡担保契約はいずれも訴外朝翠らが被告籠島と通謀し、同被告だけに優先的に債権の満足を得させる意図のもとに、従って他の債権者を害する意図をもってなされたものである。

7  よって原告及び参加人らは、被告籠島との間において主文第二項記載の根抵当権設定契約及び同第一項記載の売買契約をいずれも取り消すとともに同第三項記載の所有権移転登記及び同第五項記載の根抵当権設定登記の各抹消登記手続を、被告新進食料に対しては、同第四項記載の各所有権移転登記の抹消登記手続をそれぞれ求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因第1項(1)、(2)、(3)は否認する。

二  同第2項は否認する。

三  同第3項は不知。

四  同第4項は否認する。

五  同第5項の(1)中、杉本ミチヨ登記名義の物件の真実の所有者が訴外朝翠であることは不知、その余は認める。同項(2)、(3)はいずれも認める。

六  同第6項は否認する。

(被告の主張)

1 北海道余市郡赤井川村字山梨一九番一外四筆の土地代金債権は、原告代表者個人と訴外朝翠間の売買代金債権であり、原告の債権には属さない。

2 原告は天塩郡遠別町字北里の土地二筆及び同郡天塩町字サラキシの四筆の土地の各売買代金債権を有しない。すなわち、右土地の売買はいずれも国土利用計画法(以下「国土法」という。)の適用を受け、北里の土地二筆の売買契約(以下「前者の契約」という。)は同法二三条二項一号ハに該当し、知事に対する届け出を要し、サラキシの四筆の土地の売買契約(以下「後者の契約」という。)は同法一四条一項の許可を要し、右許可を受けずに締結された場合は、同法一四条三項により無効な契約となる。

前者の契約は届出を欠き、後者の契約は許可を欠き、後者の契約は私法上の効力も発生していない。原告が訴外朝翠に売り渡した前記北里の土地二筆及びサラキシの土地四筆の土地は、昭和五一年六月三〇日、原告へ再度売り戻されており、原告が訴外朝翠の債権者であるとはいえない。

(被告の主張に対する認否)

1 訴外朝翠に対し、余市の土地を売り渡したのは原告であり、表示上、売主が原告代表者個人になっていても取引の実体は原告である。

2 六筆の土地が原告に売り戻されたのは、昭和五〇年八月頃、原告が訴外朝翠に右土地を売り渡しその旨の登記申請をなした際、登記官が錯誤により右申請に国土利用計画法に基づく知事の許可が添付されていなかったのに受理してその登記をしたため、のちになって法務局から訴外朝翠が原告に戻すように指導されたものである。ただ登記原因が「錯誤」でなく「売買」となったのは、抵当権者の同意が得られなかったからである。

第三証拠《省略》

理由

第一共同訴訟参加の申立に関する判断

民事訴訟法七五条は、訴訟の目的が当事者の一方と第三者につき合一に確定されるべき場合、換言すればその訴訟の判決の効力が当事者のみでなく第三者にも及ぶ場合に適用されるものである。

ところで数人の債権者からの詐害行為取消の請求はすべて合一に確定されるべき場合にあたるか否かにつき検討する。

詐害行為取消権は、取消権を行使する債権者の債権の保全を目的とする制度であり、取消の効果は、取消権を行使する債権者とその相手方たる受益者又は転得者との間の関係においてのみ詐害行為の効力を失わしめ、その他の者の間においてはなおその効力を持続させるものである。従って詐害行為取消訴訟の判決の効力は当該債権者とその相手方たる受益者又は転得者との間には及ぶが、その他の者、例えば債務者その他の債権者には判決の効力は及ばない。このように原告、被告ら間の判決の効力は参加人らに及ばない結果、原告と参加人らの詐害行為取消の請求はすべて合一に確定する必要がある場合とはいえず、本件参加の申立は民事訴訟法七五条の参加の申立としては不適法である。しかし本件参加の申立は、独立の訴の提起の要件をも具備しているのでこれを新訴の提起と解し、本訴の口頭弁論と併合して審理し、本判決において裁判することとする。

第二被告らの抗弁に対する判断

各債権者はそれぞれ詐害行為取消権を有し、詐害行為取消権の消滅時効は各債権者がそれぞれ取消の原因を覚知した時から個別に進行するものであるところ、右にいう取消の原因を覚知するとは、取消権者が詐害の客観的事実を知っただけでは足りず、債務者が債権者を害することを知って当該法律行為をした事実を知ったことを意味するが、特段の事情のない限り詐害の客観的事実を知った場合は詐害意思をも知ったものと推認するのが相当である。

ところで本件において参加人らは右にいう取消の原因をいつ覚知したかにつき検討するに、《証拠省略》によれば参加人らは訴外朝翠の債権者であるが、右訴外会社の大口債権者である被告籠島及び訴外浅田飴食品株式会社(以下「訴外浅田飴」という。)が自己の債権擁護のために担保を設定し抵当権設定登記したことに対し、右登記を抹消するよう勧告することを昭和五一年二月一三日債権者集会で決定したこと、参加人らは全員債権者委員に選任されたこと、債権者委員会は昭和五一年二月二三日「大口債権者が主な不動産に担保を設定し債権を確保したことは詐害行為にあたるので委員会は公平な分配をすべき法的手段をとる」旨決定したこと、

以上の事実が認められ、原告が右債権者委員会の決定に基づき昭和五一年三月一二日詐害行為取消の訴を提起していることは参加人らも認めているところである。従って右事実によれば参加人らはおそくとも前記債権者委員会の開催された昭和五一年二月二三日取消原因を覚知したものと解せられる。ところで参加人らは、原告の詐害行為取消の訴訟の提起によって参加人らの詐害行為取消権の時効は中断された旨主張する。裁判上の請求が時効中断の効力を生ずるのは、その訴の訴訟物となる権利に限られるところ、詐害行為取消訴訟における訴訟物は各債権者ごとに異なるので原告の訴訟の提起をもって、参加人らの詐訟行為取消権の時効の中断があったものと解することはできない。

第三原告の請求原因についての判断

一  本件請求にかかる詐害行為取消権の被保全債権の存否につき判断する。

(一)  まず原因債権の存否について検討する。

1 仲介手数料債権の存否について

《証拠省略》によれば、原告は昭和五〇年三月下旬頃訴外朝翠と訴外柏木商事間の河口湖町の土地売買契約を仲介し、右売買契約は同年四月八日成立したが、原告は訴外朝翠から仲介手数料として額面五〇万円の約束手形七通(合計三五〇万円)を受領したこと、原告が受領した右手形の耳には原告の代表者個人が受取人となっているが、右手形の耳には受取人名の欄を白地にして原告に交付したところ原告の事務員が原告代表者本人を受取人として記載したものであること、手形の本体における受取人は原告になっていること、右七通の手形のうち昭和五一年二月二〇日及び同年三月二〇日振出の約束手形二通(各五〇万円計一〇〇万円)だけが期日に決済されず、他の五通の手形は決済されたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告は昭和五〇年四月八日、訴外朝翠に対し三五〇万円の仲介手数料債権を取得し、昭和五一年三月末現在一〇〇万円の仲介手数料債権を有していることが認められる。

2 譲受債権の存否について

原告代表者は訴外柏木商事に対する手数料債権及び貸金債権として合計八一〇万五〇〇〇円の債権を右柏木商事から譲り受けた旨供述するが、右供述は債権の存否及び債権額につきかなり正確性に欠け、たやすく信用できず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、《証拠省略》によると、訴外朝翠が訴外柏木商事に対し土地の手付金として三通の約束手形合計六五〇万円及び土地代金の一部として一六〇万五〇〇〇円の約束手形を振出し原告に交付していることが認められるが、これは訴外朝翠が訴外柏木商事から原告に手形を渡してほしいといわれたことによるものであり、また《証拠省略》によると、原告は訴外柏木商事から仲介手数料債権を取得したことがうかがわれるが、その金額も正確性に欠け、右認定事実によっては原告が右債権の弁済として前記六五〇万円の手形を取得したとまでは推認できず、他に原告が訴外柏木商事に対し貸金債権を有していたことを認めるに足りる証拠もない。

3 天塩の土地売買代金債権の存否について

《証拠省略》を総合すると、原告は昭和五〇年八月二〇日訴外朝翠に北海道天塩郡遠別町字北里の土地二筆(以下「北里の土地」という。)及び北海道天塩郡天塩町字サラキシの土地四筆(以下「サラキシの土地」という。)を合計二七〇〇万円で売り渡したこと、ところが北里の土地の売買契約は契約年月日によっては昭和四九年一二月二四日施行された国土利用計画法(以下「国土法」という。)二三条二項一号ハに該当し、都道府県知事に対する届出を要する取引となるので、遠別町長に対し、取引契約の年月日、売買対価、利用処分計画を報告するよう昭和五一年三月一一日付文書が遠別町から訴外朝翠に送付されたこと、サラキシの土地の売買契約は国土法一四条一項により都道府県知事の許可を要し、右許可を受けずに締結された場合は同条三項によって契約が無効となるので、訴外朝翠は右許可申請の手続をとるよう昭和五一年四月一二日付文書により天塩町長から行政指導を受けたこと、原告がサラキシの土地を朝翠に売買しその旨の登記申請した際、右申請に国土法に基づく知事の許可が添付されていなかったのに誤まって受理され登記がなされたこと、原告は右行政指導に従い知事の許可がない以上登記簿上訴外朝翠に所有権移転登記をしておくわけにいかず、また、北里の土地とサラキシの土地については後日知事に対する届出及び知事の許可を得たうえ訴外朝翠に再売買するつもりで登記簿上右朝翠から原告に錯誤を原因として、朝翠に対する所有権移転登記を抹消し原告に所有名義を移すことにしようとしたが、すでに朝翠は北里、サラキシ両土地につき訴外箱根信用金庫に根抵当権を設定しており、登記の抹消につき同信用金庫の同意が得られなかったため、昭和五一年六月三〇日付売買契約をその登記原因として原告名義に所有権移転登記をしたものであること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこでまず北里の土地の売買契約の効力につき検討する。国土法二三条にもとづく届出制は全国にわたり地価高騰の抑制と土地利用の適正化を図るために設けられたもので、規制区域のようにその区域に限って取引を一般的に禁止し、特定の場合にのみ解除する許可制とは異なり、一般的に自由な取引を是認した上でその適正化を図ることを目的とするものである。従って届出をしないで契約が締結された場合にも罰則の適用はあっても、契約の効力そのものは否定されない。

ところで登記簿上訴外朝翠から原告に右土地につき売買を原因とする所有権移転登記がなされている(当事者間に争いがない)が、前記認定事実によると、原告は北里の土地については後日知事に対し届出をなしたうえ訴外朝翠に再売買する意図で錯誤を原因として登記を抹消しようとしたところ、根抵当権者の同意を得られなかったため登記原因を形式的に売買としたものであり、そのことは原告と朝翠間に実質的な売買契約が締結されていないことからも明らかである。たしかに登記簿上原告が北里の土地を売買により所有権を取得した記載があるが、取引の実態を直視すれば、原告と朝翠間においては、原告が朝翠に北里の土地を売り渡したものであり、しかも、前述したように北里の土地の売買契約は知事に対する届出を欠いても有効であるから原告は朝翠に対し右土地の売買代金債権を有することに変わりはない。しかしながら北里の土地とサラキシの土地の売買代金は合計二七〇〇万円であることは前認定のとおりであるが、北里の土地だけの売買代金がいくらであるかについてはこれを認めるに足る証拠はない。

次にサラキシの土地の売買契約の効力につき検討する。国土法一四条は一項において規制区域に所在する土地について土地売買等の契約を締結しようとする場合には都道府県知事の許可を要することを定め、同条三項において許可を受けないで締結した土地売買等の契約はその効力を生じないと規定している。国土法一四条一項が農地法五条とは異なり当事者間に未だ法律関係が生じていない状態で許可を受けるべきものとしたのは、農地法五条の解釈として許可を受けていない段階でも契約を締結すること自体は可能であり、許可を受けない限り所有権移転の効果が発生しないにせよ当事者間における債権債務としては有効に成立し、許可があれば所有権等は当然に買主に移転し、その結果現実の取引においては農地法五条の転用許可を受けないまま当事者間の契約のみが先行し更に仮登記により保全された農地引渡請求権がいわば権利化することになり、その結果種々の弊害が生ずるため、所有権移転の段階で規制するだけでなく投機的取引の実態をも考慮し契約の成否そのものに行政が介入し、契約を締結する段階で許可を受けるべきこととしたものである。従って国土法一四条一項により許可を要すべきにもかかわらず許可を受けないで契約を結んだ場合は、規制区域の指定されている間に限らず、将来的にもその契約としての効力が民法上無効であり、従って契約の成立も否定されるものと解するのが相当である。以上によると、原告と訴外朝翠間のサラキシの四筆の土地の売買契約は不成立、無効であるから原告は売買代金債権を取得することはできない。

なお《証拠省略》によると、原告から訴外朝翠に対し昭和五〇年八月二〇日付売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、前認定のとおりこれは原告が昭和五〇年八月頃右朝翠に天塩の土地を売り渡し所有権移転登記の申請をなしたさい登記官が右申請に国土法に基づく知事の許可が添付されていなかったのに誤まって受理して登記をしたものであり、知事の許可は売買の成立及び効力発生要件であるから、右の場合は本来登記をすべきものでない場合に該当し、無効な登記であり、右所有権移転登記は抹消されるべきところ、抹消することに前記の根抵当権者の同意がえられなかったので原告は登記簿上訴外朝翠から売買を登記原因として原告に所有名義を移したものであるが、この場合にも知事の許可書を添附しなければならないのに看過して登記がなされている。

いずれにしても右各登記は無効であり、土地売買契約も不成立、無効であるから原告は朝翠に対しサラキシの土地につき売買代金債権を有しないことに変わりはない。

4 以上によれば、原告の詐害行為時における原因債権は五〇〇万円であることが認められる。

(二)  そこで手形債権の存否について検討する。

《証拠省略》によれば、原告は訴外朝翠が振出した約束手形合計九通(額面合計二三〇〇万円)を所持していることが認められ、右事実によると原告は訴外朝翠に対し二三〇〇万円の手形債権を有していることが認められる。

(三)  以上によると、原因債権として五〇〇万円、手形債権として二三〇〇万円が認められるが、原告が本訴において主張する債権額は二〇一〇万五〇〇〇円であるから、結局原告の被保全債権として二〇一〇万五〇〇〇円を認めることができる。

二  次に詐害行為の成否につき検討する。

1  左記の(1)ないし(3)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(1) 被告籠島が訴外朝翠との間で別紙目録一ないし一九記載の不動産につき、昭和五〇年八月三〇日付根抵当権設定登記を原因とする甲府地方法務局吉田出張所昭和五〇年九月一〇受付第一〇七一三号根抵当権設定登記(極度額一億八〇〇〇万円)をなしその後昭和五〇年一二月八日受付第一六〇一六号付記一号登記をもって債権の範囲を変更したこと、

(2) 被告籠島と訴外杉本ミチヨ間に同目録二〇ないし二三の不動産につき昭和五〇年一一月一〇日付根抵当権設定契約を原因とする右同局同出張所昭和五〇年一二月二日受付第一五七九四号根抵当権設定登記(極度額一億二〇〇〇万円)がなされたこと、

(3) 被告籠島が訴外朝翠、同杉本ミチヨ間で昭和五〇年一二月九日別紙目録一ないし二三の不動産につき昭和五〇年一二月九日売買契約を締結し同目録一ないし一八の不動産については被告籠島に主文第三項記載の所有権移転登記をなし、同目録一九ないし二三の不動産については被告新進食料工業株式会社に譲渡担保として差し入れ、主文第四項記載の所有権移転登記をなしたこと、

2  《証拠省略》を総合すると、訴外朝翠は昭和四五年頃から訴外浅田飴食品株式会社(以下「訴外浅田飴」という。)とハチミツの売買取引を行い、昭和四七年頃被告籠島が訴外浅田飴の紹介で浅田飴と朝翠間の取引に加わるようになったこと、被告籠島が朝翠からハチミツを買い、それを浅田飴に売るという三者間の取引は昭和四七年頃から始まったこと、昭和四八年九月の決算では朝翠は利益が出たが、同年九月以降経営が悪化し、昭和四九年九月の決算は八〇〇〇万円ないし九〇〇〇円の赤字を出したこと、そこで昭和四八年六月頃から朝翠が一時的な運転資金をつくるため、朝翠が売れ残った在庫品を浅田飴に買ってもらい、浅田飴から手形をもらい、浅田飴はそれを被告籠島に売り、朝翠が被告籠島に手形を出して被告籠島から買いとるという、朝翠が融資を得ることを目的とする売買が通常の取引と併行して行われるようになり、資金繰りのための取引は総取引の四割位を占めるに至ったこと、朝翠は右融資売買により浅田飴の手形を利用していたが金利が累積し、浅田飴、被告籠島に対する負債はそれぞれ約二億円に達したこと、昭和五〇年三月頃在庫品と融資額のバランスが崩れ、朝翠は経営悪化を妨ぐに必要な融資を受けるため昭和五〇年三月河口湖町の土地を原告を通して訴外柏木商事から購入したこと、朝翠は昭和五〇年五月頃被告籠島から手形債務が増大したので担保を入れるよう要求されたこと、昭和五〇年七月当時、朝翠の資産は河口湖町の土地が唯一のものであったこと、

昭和五〇年七月、朝翠が使用していた小田原の土地の所有者は朝翠の代表者の父、訴外杉本賢次郎であったが、被告籠島と浅田飴は昭和五〇年八月朝翠に対する債権担保のために右土地につき抵当権を設定したこと、

昭和五〇年八月頃河口湖町の土地に被告籠島と浅田飴が根抵当権を設定する話は浅田飴の松岡を通して出ていたが、そのいきさつは次のとおりであること、すなわち、朝翠の代表者杉本暁が、浅田飴の営業部長をしていた松岡から担保を設定した方が面倒を見やすいからと言われ、朝翠としては昭和五〇年八月末河口湖町の土地を担保に融資を得る見込みはあったが、一方被告籠島の方からも担保の設定を要求されていたので融資を受けるまでの間、被告らのために根抵当権を設定することにしたが、朝翠は河口湖町の土地は経営悪化を妨ぐに必要な融資を受けるために購入したものであるから、被告らと河口湖町の土地に根抵当権を設定するに際し他から融資を受けられると決まったら被告らの担保は抹消してもらうという確認書(甲第五号証)を被告らに交わしていたこと、被告らは朝翠の経営状態が悪化していることがわかっていたため倒産を避けるため、右確認書において朝翠が融資を得ることに全面的に協力したものであること、朝翠の代表者杉本暁は昭和四九年九月決算書を被告籠島の社員である浅井、浅田飴の営業部長である松岡に見せたこと、昭和五〇年二月には訴外安来ハネーから朝翠が受けた手形不渡りの数字を見せるよう浅井及び松岡から要求されたことがあること、

別紙目録二〇ないし二三記載の不動産は、杉本ミチヨ名義になっているが、朝翠が右土地を含む同目録一ないし二三記載の不動産を訴外柏木商事から買い受けるに際し、朝翠が買主であるが国土法等の規制を免れるための便宜上朝翠の代表者杉本暁の妻杉本ミチヨ名義で登記したものであること、

昭和五〇年一二月二二日頃、浅田飴の堀内社長、被告籠島の朝倉副社長からこのままでは手形を振り込まざるを得ない、今後も面倒見るのだから所有権を移転してほしいと要求され、訴外朝翠は他の債権者に対し十分な弁済をなしえないことになることを十分知りつつも、手形を振り込まれると不渡になるので、右要求を受け入れ、昭和五〇年一二月二四日別紙目録一ないし一八記載の不動産につき朝翠から被告籠島名義に、同目録一九ないし二三の不動産につき被告新進食料名義にそれぞれ所有権移転登記が経由されたこと、被告新進食料名義に登記がなされたのは訴外朝翠は被告新進食料に対し債務は負担していなかったが被告籠島の方で土地の一部について被告新進食料名義にするといわれ朝翠の方でも了承していたことによること、

被告籠島の代表者は籠島忠作であり被告新進食料の代表者も籠島忠作であること、

訴外朝翠と被告籠島、同新進食料間の別紙目録一ないし二三記載の不動産の所有権移転登記の登記原因は売買になっているが、朝翠と被告ら間には現実の売買代金の授受はなく、朝翠の被告籠島に対する前記認定の負債の履行に代えて朝翠所有の右土地を被告籠島に譲渡したもので実態は朝翠が被告籠島に対し右土地で代物弁済したものであること、

以上の事実が認められ、右認定に反する《証拠省略》は前記認定事実に照らし採用しない。

右認定事実及び前記当事者間に争いのない事実を総合すると、訴外朝翠と被告籠島との間及び訴外杉本ミチヨ(契約の当事者は杉本ミチヨであっても、前認定したように詐害行為の成否は訴外朝翠について考えればよいものと解せられる)と被告籠島との間において別紙目録一ないし二三記載の不動産につき根抵当権が設定された当時及び同目録一ないし二三記載の不動産につき朝翠と被告籠島間に売買契約(実態は代物弁済と同視されることは前認定のとおりである)が締結され(同目録二〇ないし二三記載の不動産については被告籠島が被告新進食料に譲渡担保に供し、同被告に所有権移転登記がなされている)た当時、訴外朝翠は別紙目録一ないし二三の不動産以外に価値ある財産としては余市の土地しかなく、右土地では他の債権者に対し十分な弁済をなしえないことになることを知っていたものと認められ、特定の債権者に別紙目録一ないし二三記載の不動産に根抵当権を設定し、同土地を売買すると他の債権者を害することになることを認識しながら根抵当権を設定し、売買契約を締結したものであり、被告籠島及び被告新進食料も右と同一の認識のもとに自己の債権の回収を確実なものとするため訴外会社から別紙目録一ないし二三記載の不動産に根抵当権の設定を受け、売買契約を締結したものと解するのが相当である。

3  以上によれば、債務者たる訴外朝翠は他の債権者を害する意思をもって一部の債権者たる被告籠島に対し担保を供与し、また右担保の目的物を代物弁済として譲渡したものであり、根抵当権を設定することにより他の債権者の共同担保がそれだけ減少することとなり、その結果債務者の残余の財産では他の債権者に対し十分な弁済をなしえないことになり、また一部債権者に対してする代物弁済は、他の債権者を害する意思がある以上詐害行為となる。従って本件根抵当権設定行為及び代物弁済はいずれも詐害行為として取消の対象となることを免れない。

三  債権者取消権は、取消権を行使する債権者の債権の保全を目的とする制度である。従って原則としてその債権額に相応する範囲で詐害行為を取り消しうるにすぎない。《証拠省略》によれば、詐害行為の目的である別紙物件目録記載の不動産は、総額一億九〇六〇万五〇〇〇円(三・三平方メートルあたり六万五五〇〇円)で訴外柏木商事から訴外朝翠に売り渡されていること、右不動産には訴外都留信用組合のために極度額一億円の根抵当権が設定されているが、昭和五〇年九月一七日現在右債権額残高は四五〇〇万円であること、以上の事実が認められる。右事実によると詐害行為の目的物の価額は一億四五六〇万五〇〇〇円であることが認められ、一方取消権を行使する原告の債権は前認定のとおり二〇一〇万五〇〇〇円であるから、右不動産のうち右債権額に相応する範囲で詐害行為を取消しうるにすぎない。

原告の債権額に相応する不動産は、三・三平方メートルあたり、六万五五〇〇円で算定すると、別紙物件目録一ないし四記載の不動産であることが認められる。従って原告は同目録一ないし四記載の不動産に限り取消権を行使しうることとなる。

第四結論

以上によれば原告の本訴請求のうち、詐害行為取消権に基づき、原告と被告ら間において、訴外朝翠と被告籠島間の別紙物件目録一ないし四記載の不動産につきなされた前記売買契約及び根抵当権設定契約の取消、被告籠島に対し、同目録一ないし四記載の不動産につき甲府地方法務局吉田出張所昭和五〇年一二月二四日受付第一七三五五号をもってなされた所有権移転登記及び被告籠島に対し、同目録一ないし四記載の不動産につき同法務局同出張所昭和五〇年九月一〇日受付第一〇七一三号をもってなされた根抵当権設定登記の各抹消登記手続を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余の請求及び参加人らの請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日野忠和)

〈以下省略〉

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